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【掲載記事】忘れ得ぬ思い出 エッセー「私は床屋で、人生を教わった」

「この指とまれ!」新着情報  登録者総数:2,853,197人  2004/09/29

このコーナーは、IT業界をはじめ各界で活躍されている方々に、学生時代の大切な友人や恩師との思い出、母校の思い出など語っていただく連載企画です。

エッセー
~ 忘れ得ぬ思い出「一期一会」~

▼インスパイア コーチング&コンサルティング 代表 中村 航さん
出身校:早稲田大学(西早稲田キャンパス)

「私は床屋で、人生を教わった」

もう2年前になるが、
敬愛する「人生の師匠」の一人が亡くなった晩、どうしても寝付けなくて、
自分が発行するメールマガジンに思い出を綴ったことがあった。

「人生の師匠」とは、
東京・中野坂上の床屋「ムラタ」店長の故村田秀雄氏である。
彼を悼んで、皆様に彼との大事で心温まる思い出をシェアしたい。

村田氏との出会いのきっかけは、私が大学生の頃にさかのぼる。

当時、家庭教師のアルバイトをしていた私は、中野区内の中学校で「番長格」だったK君を教えていた。
K君は腕っ節が強く、仲間思いのため、その地域のリーダー格だった。
中野坂上という土地は、すぐ近くに新宿という繁華街があることもあり、いろいろと誘惑の多い場所である。

当時「チーマー」といわれる集団が渋谷や新宿で多数結成される中で、中学生のうちから「ジュニア」と呼ばれ、高校生と付き合う子どもも多かった。

当然、彼も外を出歩くことが多く、母親はそんな彼の将来を心配して家庭教師をつけたという経緯だ。

ところが、家庭教師をつける親というのは、えてして我が子を愛する気持ちが強い「教育ママ」であり、学歴が高く心配性という傾向だったように思う。

子どもが「勉強しようかな」と思って宿題をやろうとすると「勉強はしたの?きちんとやりなさいよ」と声をかけてしまう。

するとせっかくヤル気があっても、やらされる感じがしてしまい「うるせえな!やってられるかよ」といった調子で、家を飛び出してしまうのだった。

私はK君のところに通うようになってすぐに「課題は親にもあるのではないか」と思いながらも、いっこうにヤル気が出ない彼をどうリードしたらいいか悩んでいた。

そんな時、たまたまK君と流行りの髪形の話をしていて「先生、近くに腕のいいオヤジのいる床屋があるよ」と紹介されて行き始めたのが近所の「ムラタ」だった。

「ムラタ」の店長・村田秀雄氏は、理容と美容の両方のテクニックを持つという珍しい人で、つねに研究を怠らず、お客の服の流行などから敏感に次に流行る髪形を予測し、先んじて工夫をし、新しい髪形を提案するという職人肌の存在だった。

若い頃はカット技術の競技会に出場して、何度もグランプリを獲るなど向上心が強い人であり、一時は4店舗の経営をしたこともあったのだが、
人を使うことに疲れて、店を手放し、私が通い始めた頃には奥さんと二人でひとつのお店を切り盛りするという状況だった。

K君から紹介されて行ったので、当然K君の話題になったのだが、感心したのは、村田氏がK君の性格や環境を鋭く見抜いていたことである。

そして村田氏は「アイツは男気があって慕われてるが、あの親(の対応)はいけねえな」と彼をかばいつつ、環境に問題があることを指摘したのだった。

さらに聞いてみると、どんなに突っ張っている子どもでも、髪の毛を切ってもらっている時はすごく素直になり、そんな時にその子の本質が見えて、問題点も分かるとのことだった。

勉強についても、子どもは子どもなりに不安を抱えているもので「勉強しなきゃヤバイと思うんだよね」という本音があるのだと教わった。

親の姿勢にしても、子どもが試験で70点という結果が出たとき、「なんで100点が取れないんだ」となじる親と、「70点も取れたのか、スゴイねえ」という親の、2つのタイプがあるという指摘と「やっぱり伸びる子どもの親はプラス志向でホメるのが上手いよ」というコメントを聞いて、我が意を得たり、と思ったものだった。

そんな形で、お客さんとして来る子どもたちを温かく見守り、時に励まし、時には叱りつけ、地域の子どもたちの成長を楽しむ村田氏から、多くのことを学ばせて頂いた。

村田氏も、毎回K君のことで相談する私を応援してくれて、カットよりも話に夢中になって1時間以上かけて丁寧に切ってくれるので、私は密かに「丁寧に切ってくれるし、話は聞けるし一石二鳥だ」(笑)と毎月1回のカットの時間を楽しんで過ごしたものである。

社会人になってからは、私は大阪に配属されて東京を離れた。
しかし東京の実家に戻る度に必ず足を運び、髪の毛を切ってもらいながらいろいろな話を聞かせてもらった。

子どもから大人まで、さまざまな職種、環境にあるお客さんと本音ベースの会話を毎日している村田氏は、ベテランのタクシー運転手と同じくらい、人を見る洞察力があり、世の中のことをよく分かっている存在だった。

当時私は中小・ベンチャー企業向けの投資会社で働いていたので、企業経営についての話題が多くなった。
村田さんが4店舗を経営していた時のオーナーとしての苦労話や、人材の見分け方、景気の見方などもいろいろ教わった。

とくに、「会社は人が全てだよ」「人使いがうまくねえとダメだよ」と、経営者のお客さんの例で、うまくいっている会社と、うまくいっていない会社の話をしてくれたことが印象に残っている。

サービスについても一家言もっている人で、「お客さんがカットに満足したかどうかは、終わって店を出るときの背中を見たらわかるんだよ」という話をしてくれたことがある。

満足して帰るお客さんの背中は、シャンとしていてエネルギーを感じるのに対し、満足していないお客さんの背中は肩が落ちていて元気がなく見えるということだった。

当時、営業をやっていた私は他人の姿を気をつけて見るようにし、自分の後姿にも注意を払うようになった。

また、村田氏が自分なりの目標数字を日々記録して常に意識していたことも勉強になった。

企業体ではなく自営業なので、誰も結果に対して何も言わないわけだが、村田氏は自分で必ず前年対比の数字と、今月の売上目標を記録しており
「今月は目標に行きそうだ」とか「あと何日しかないから届かないかな」などと常にチェックをされていた。

そうした売上へのこだわりの部分にも、高いプロ意識を感じたものである。

またある時は、常連客の一人を紹介してくれたこともあった。
中野坂上出身で小さいころは相当のガキ大将だったらしいが、仲間思いで常にリーダー格だったT氏である。

T氏とは実際に会う前に何度もお互いの話を村田氏を通じてしていたため、初めて会ったときもそんな感じがしなかった。

T氏は新宿で父が始めた居酒屋を受け継ぎ、数年で10店を超える出店を遂げ、いまも成長を続けている。

彼も私も、村田氏に会うと経営の話をしていたようで、そういう存在があと1人いたそうだ。

お客の紹介までしてくれる床屋は、なかなかないと思うがいかがだろうか。

・・・本当にいろいろと
思い出は尽きない。

私にとっての村田氏は、大好きな映画「ニュー・シネマ・パラダイス」に出てくる映写技師のおじいさん・アルフレードのような存在。

世の中と人生を理解していて、愛情を持って見守り続けてくれた、かけがえのない人だったと思う。

彼の影響を、私はすごく受けている。
自分の進むべき道を示してくれた人だと、思っている。
きっと他にもそういうお客がいたに違いない。

最近、ある本のなかで、とても気に入ったフレーズがあったので最後に紹介したい。

人々に対して勇気を与えてあげること、
共感を伝えてあげること、
興味を示してあげること、
恐れをなくしてあげること、
自信をつけさせてあげること、
心に希望を抱かせてあげること、
てみじかに言えば、
人を愛し、それを示してあげることは、
もっとも価値ある奉仕だといえよう。

村田氏は、地域の子どもたち、通ってくるお客さんに対し、床屋の仕事を通じて上記の奉仕を行なっていたといえるだろう。

私も、公私を問わず、こうした生き方をしたい、と心から思っている。

最後まで読んで下さった方、お付き合い頂きありがとうございました。合掌。

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